寒蘭の品種に付いて


寒蘭購入に関する豆知識

栽培したい寒蘭の品種

 品種の好みは人様々で、本来どの品種を栽培するのも自由ですが、それでは指針になりませんので一般的な品種を中心と考えて話を進めたいと思います。

 まず、各地の寒蘭会が発行している「寒蘭名鑑」ですが、品種の写真や説明が無いので分かり難いという欠点は有りますが、夫々の会で命名登録され人気の有る品種が上位に書かれています。多少の差は有りますが、どこの会でも評価の安定した品種を上位に位置付けていますので、安定感が有り品種購入の目安になります。注意する事は、位置付けと価格とは無関係であると言う点と、人気品種が必ず上位に有るという事では無い点で、これらが「寒蘭名鑑」を分かり難くさせています。また、レイアウトも各会によって様々ですが、ポイントの大きな字や太字で書かれている物が上位だと考えて差し支えありません。年に一度の発行ですが、現時点だけで無く過去の名鑑と比較する必要があり、その意味ではあまり実用的では有りません。

 次に、業者の発行している「カタログ」ですが、現在の価格が分かるという意味では名鑑より優れています。しかし、高価な物が必ずしも銘花である保証は有りません。蘭界では「業者だけではなく、趣味者の思惑も働いて価格が決定されている。」という事を理解しておく必要があります。特に、新しい品種にその傾向が強く、個体数が少なく人気が有れば増殖しても採算が取れると言う理由から、極端な高値になる場合が有ります。初心者の場合これらの品種には手を出さない方が賢明です。価格はあくまでも価格でしかなく、評価の規準では有りません。ベテランの方からも時折「高額で買った品種が今は二束三文。」などと言う愚痴を聞きますが、それぞれの品種の価格の推移を見ると、大半の品種は反比例曲線を描いて急落しています。蘭には「買い時と売り時」が存在しているという事を理解しておく必要があるのです。その意味からも、初心者の方には、価格が安く評価の安定した品種をお勧めします。

 では、価格の安い物が良いのかと言うと、必ずしも正解では有りません。多くは増殖したから安くなったと言うものですが、中には欠点が明らかになったから安くなった物が含まれています。これらを区別するのは難しい事ですが必要でも有ります。何よりも大事な事は、自分の目で見て決める事だと思います。他人の考えに影響されて寒蘭を買った場合、その花の人気が無くなれば腹が立ちますが、自分で選んだ花だったら腹が立ちません。安くなって誰も振向かなくなっても、自分にとって良い花で有ることは変わりません。もちろん流行は有りますが、流行も考えに入れて自分で決める事が一番大切な事だと思います。

花色と葉の区分
 現在各地で行われている寒蘭展示会をベースとして「寒蘭の審査区分」と言うものが出来あがり、各地の同好会はそれに従って品評会を行っています。各会に共通した区分を述べると、「青花」(緑花のこと)「青々花」(外弁、子房、花茎を含めて紅色の色素を含まないもの)「素心」(青々花に加えて舌にも紅色色素を含まないもの)「更紗」(花弁が青花と紅花の中間的なもの)「紅花」(花弁が紅系色素に覆われたもの)「桃花」(紅花の花弁から緑色の色素が抜けたもの)「黄花」(青花の花弁から緑色色素が抜けて黄色く見えるもの)「柄物」(花は問題とせず、葉に濃淡様々な柄が出たもの)などになっています。
また、最近の流行を意識して、一部の会では「特花」(花型が変化して倍数体の様に見えるもの)や「短葉種」(俗にチャボと呼ばれている葉丈が短く葉幅のあるもの)などを区別している会もあります。

 さて、以上の前提条件を理解して頂いた上で、具体的な品種に付いて私なりの考えを述べたいと思います。最初に、これは私見で有り、蘭界を代表する意見でも、趣味者全般の考えでも無い事をお断りしておきます。上記の通り、最終的には自分の目で見て決めて頂きたいと思います。

桃花
 代表品種はなんと言っても「日光」です。色の鮮明な点と言い、バランスの良さと言い、花型と花色がマッチして特有の風情を作り出しています。現在の価格は花には気の毒だと思えるほどに安いので、初心者が持たれても後悔する事は無いと思います。
 2番目には「北薩の誉」を挙げたいと思います。花型に問題が有ると言う意見も有りますが、大輪で鮮やかな桃紅色は欠点を補うに十分な魅力だと思います。初心者向けの価格よりも少し高いですが、是非とも棚に置きたい品種です。
 3番手は「桃里」でしょうか。この花の良さは鮮やかな濃い桃色に花も花茎も染まる所と、やや抱え咲きの花型が桃花にふさわしく慎ましやかに見える所です。10年に一度も無い事かも知れませんが、時に朱赤の強い色に全体が染まる事が有ります。

黄花
 代表品種は「神曲」でしょうか。これも古くから有る品種で「楊貴妃」と同一の物ですが、花弁が白く花茎が紅色に咲いた時のカラーコントラストは抜群です。最近は「玉姫」の方が有名かも知れませんが、花の大きさ、形、花間のバランスは「神曲」の方が優れています。
 2番目に挙げたいのは「月宮殿」です。あまり一般的な選択では有りませんが、濃黄色に咲く場合がある事と舌点がややくどいほど濃色の大点である事を考えると、もっと人気が有っても良い花だと思います。大輪で弁幅の広い堂々とした花を高く掲げます。
 3番手は「黄竜」です。この品種は類似品が多く混同されている様ですが、「黄竜系」という花の中に花弁の厚い舌幅の広い良い花が有ります。「隼人」や「梅弁金鵄」と言われる花と比較しても、それほど遜色の無い花も有ります。
 黄花、桃花の大半は「高知県宿毛市」の西谷という所が産地であり、「西谷物」と総称されています。寒蘭の大暴落の引き金になった事でも有名ですが、並みの更紗や青花よりも価格が安く、花色が美しく、しかも丈夫な品種が多いので、初心者が栽培するには最適だと思います。

素心
 これも昔は高い物が多かったのですが、今では随分安くなり入手しやすくなりました。代表花はやはり「豊雪」でしょう。展示会などに出品されているものを見ても、「白い」と言える花は中々見られませんが、透けるように白く咲いた時の花は、なんと言ってもやはり一流品です。
 2番目には「白妙」を挙げたいと思います。最近は同系の「大雄」の方が遥かに有名ですが、価格も数も初心者向けでは有りません。従来の「白妙」の濃緑大輪でややうつむき加減に咲く様は、大輪花の持つ「自己主張の強さ」を和らげ、女王の貫禄があります。何系統もの花が有りますので、開花株の株分け品を購入するのが得策です。
 もう一つ忘れてはならない花は、阿波の「貴雪」です。葉姿にはやや欠点が有りますが、花は極大輪で有りながら柔らかさを失わず見事に咲きます。稀に見る特徴をもった銘花です。
 他にも良い花が多く大半は価格も安いので、何品種か揃えるのも楽しいと思います。

紅花
 この種の登録花はあまりにも数が多く、3っ程度に絞る事は出来ません。各産地の代表花で、初心者に入手可能なものだけでも色々有ります。紀州の「紅鷲」、土佐の「室戸錦」、日向の「日向の誉」などが一級品ですが、「日向の誉」だけは価格的にやや高く初心者向きでは有りません。

更紗
 人気を考慮すると「静素」と言いたいのですが、価格面で初心者向きでは有りませんので、「燦月」を挙げたいと思います。花茎がやや伸び難い事も有って、本咲きと呼べるものが出品される機会は少ないのですが、花茎が伸びた時の花は大輪でもあり見事です。流行の品種や人気の有る新品種以外は価格的にも安いので、比較的選択肢は広いと思います。中間的な花色なので、花色での優劣が付け難い事に原因が有るのかも知れません。

青花
 どこの産地でも一番多く産出するのが青花(緑花)です。流行の「特花」は別にして、産地各に独自の魅力がある良い花が選抜されています。一例を挙げると、屋久島の青花には澄んだ濃緑色で花弁のキレが良いもの(弁先の絞り方が良く花弁に緊張感が有るもの)が有ります。また、佐賀県の一部から産出する青花は、際立った特長が無いにも拘わらず、全体のカラーバランスが極めて良好です。また、徳島県産の大谷の青と称する一群は、黄色味の強い弁色とくすんだ舌点の色と同じく花茎の色によって、これも独特の魅力が有ります。しかし、名品とされるものの大半は舌無点の花です。寒蘭の様に名品と並花が区別し難く、しかも花色での差別化が難しい場合は、最も分かり易い「舌無点」が分離され評価の対象にされたのだと思います。

購入品種の決定
 審査区分にしても、舌無点の評価にしても、その基本は評価のための人為的、便宜的な区分に過ぎません。また、趣味なのですから流行があるのは当たり前で、その流行が変遷するのも当然です。言い換えれば、もし区分を変えたら、もし流行が変わったら、「評価の基準も変わる」という事を心して置く事が必要です。例えば「青々花」という区分は、元来「素心では無いが、青花(当時、青花の評価は極めて低かったので)に組み込むには惜しい」と言う心情的な配慮が有って生まれたものと言われていますが、対象になる花が極めて少なく、第一位に評価される品種が長年変わっていません。もし青花に統合されれば、第一位の花で無くなるのは必至でしょう。また、今流行の特花にしても、以前は極めて評価の低い種類の花でした。かつて西谷物がそうであった様に、再び暴落の引き金になる可能性を持っているのです。よほど寒蘭の売り買いに精通した方は別ですが、決して初心者にお勧めできる種類の花ではありません。購入する品種を決定する場合、これらの事を頭の片隅に置いて決めて頂ければ大失敗する事は無いと思います。

東洋蘭は高額か?
 寒蘭に限らず東洋蘭の中には、常識では考えられないほど高額の品種が有ります。しばしば「非常識な高額」と誤解されるのですが、古典園芸植物は「下取り」を前提条件として発達してきましたので、西洋的?な価値観である「大量生産・大量消費」とは、根本的に仕組みが異なります。例えば「シンビジューム」をはじめとする洋蘭の場合、メリクローンで大量に生産され、店頭販売時期が過ぎれば大量に廃棄されるという事実をご存知でしょうか。ビジネスという側面から見れば、店舗であれ温室であれ販売時期を逸した商品に割くスペースも、管理するための人手も有りません。そこで、資金のロスを避けるためにも徐々に値下げされ、それでも売れ残ったものはゴミとして処分されるのです。大量生産によって価格は極限的に安く設定できる訳ですが、発生するであろうムダも最初から折込済みです。
 しかし、東洋蘭は全く別の方法論に立っています。「リサイクル」により成立っているのです。不要なものは、捨てるのではなく下取りによって再利用されます。従って、消費者が生産者であり、専門の生産者は存在しませんでした。
 ところが、蘭ブームによって専門の生産農家?が発生し、一般農作物と同じ様に大量生産が行われました。その結果、行き場の無くなった蘭が処分される事無く市場に溢れたので暴落が起こったのです。当時生産農家だった方の大半は「蘭は儲からない」と知って姿を消しました。また、悪徳業者も生き延びられませんでした。現在は昔ながらの販売方法で細々と取引されています。
 これらの市場原理を理解せずに、「東洋蘭は非常識な高額」と決め付けるのは暴論とも言えます。東洋蘭はリサイクルと言う方法でしか存続できないのですから、大量生産価格と同列で考えるべきではなく、少量の取引でも利潤が確保できる価格を維持するのは、むしろ必要な事とも考えられます。
 そこまで世間の事を考えなくとも、愛情を掛けて育てた蘭が大量生産の結果市場に溢れ、捨てるしかない物になって欲しいとは思わなでしょう。「増えれば下取りに出してリサイクルし、新しい品種を購入する資金の足しにする。」のが最も安価に購入するための方法でもあり、東洋蘭を維持するためには必要な仕組みだと思います。